40歳初産 ゆるゆる育児 備忘録
令和元年生まれ 男の子
出産

高齢出産 陣痛促進剤からの吸引分娩

読んでくださってありがとうございます。
40歳で第1子を出産した『ぽむ母』です。

まだ記憶が新しいうちに、出産のときのことを書いておきたいと思います。
痛いの苦手なかたはここでUターンお願いしまっす。

計画分娩が決定するまで

お腹の中の赤ちゃんが大きかったため、赤ちゃんの頭が骨盤を通れるかどうか(ヒィ〜!)をレントゲンでチェックしていただきました。
『まあ、ギリ大丈夫でしょう。』と不安になるお言葉・・・
『ギリかよ!!』と心の中で突っ込みつつ、カレーを食べたりオロナミンCを飲んだりして陣痛がくるのを待っていました。

しかし、予定日を過ぎてもなかなか陣痛はやってこず・・・

このままだと赤ちゃんが大きくなりすぎて骨盤を通れなくなる可能性が出てきますよってことで(ヒィ〜)、
計画分娩の日が決定しました。

入院する前日は、「出産前最後の爪切り」と「出産前最後のまゆ毛抜き」を無事に終え、
「出産前最後の甘いもの」を食べて眠りにつきました。
(「出産前最後の甘いもの」は、何回もあったような・・・)

ちなみに、本当の「出産前最後の甘いもの」は、マンゴータルトでござんした。
(その前日は、スイートポテトの上にソフトクリームがのっかったものを食してます・・・)

入院の日(出産前日)

大荷物で産院へ向かう

夫が仕事を休めなかったため、入院のための大荷物を持って産院に向かいました。

駅から産院までは無料の送迎バスを利用します。
降りるときに、ロングスカートがバスの座席のレバーみたいなところに引っかかりプチパニックに。
ドライバーさんにも手伝ってもらい、なんとか下車することができました。

なんか、大事なときに限ってこういうハプニングがよく起きる気がします。

入院 バルーンを入れる

14時半すぎにバルーンを入れ、その後30分ぐらいNST(ノンストレステスト)をしました。

バルーンを入れたらけっこう出血したのでびっくりしたけれど、
痛みは思ったよりありませんでした。
ただやっぱり違和感はアリアリで、トイレには気を遣いました。

入院する部屋で夕食(シャケ、クリームシチュー、アスパラ、ごはん、味噌汁)を食べ、21時半からNSTと診察を受けました。
このとき、バルーンは抜けていました。
(子宮口がひろがると自然に抜けるらしいです。)
明日の朝9時から陣痛誘発剤を使うことに。

部屋のテレビで『わたし、定時で帰ります』のドラマを見ていたらなんだかお腹が痛い・・・?

たいした痛みではなかったものの、5分起きに痛みがやってくるので、
念のためナースコールしたところ、陣痛がはじまっているとのこと。

ってなわけで、そのままLDR室へ・・・
LDR→陣痛室、分娩室、回復室が一体となった部屋のこと

出産当日

0時をまたぎ、陣痛の間隔は3分おきに・・・。
『3分休んで1分痛い』の繰り返し(3歩進んで2歩下がるみたいな・・・)

痛いときは、軽井沢のさわやかな風と空気を思い出して深呼吸していれば、
なんとかやり過ごせる感じでした。(なんじゃそりゃ。)

助産師さんは、30分おきぐらいに様子を見にきてくださいましたが、
すぐに部屋を出て行ってしまいます。
ほかにもお仕事があるので当たり前なのですが、そのときはすごく心細くて、
『出て行かないで〜。ずっとここにいてぇ〜』とすがってしまいました。
(いつの時代のメロドラマだよ・・・)

優しい助産師さんは、さわやかに『フフっ』と笑って手を握ってくださいました。
その手がどんなに心強かったか・・・。一生忘れません。

朝の7時ごろになってもなかなか赤ちゃんは下に降りてこず、
陣痛の間隔も縮まらないので、助産師さんが手で破水させてくれました。
(サラッと書いてますが、「手で破水」ってけっこうな衝撃だな。)

このころになると体力の限界で意識が朦朧としてきて、
『あと何回いきめば赤ちゃん出てきますか?』としつこく聞いて助産師さんを困らせてしまいました。

なかなか陣痛間隔が短くならないので、結局、陣痛促進剤を使うことに。
陣痛間隔は縮まり、お医者さんがきて会陰切開・・・。
出産前はあんなに会陰切開が怖くてガクブルしていたのに、
もうジャンジャン切ってくれぃ!という感じ。

赤ちゃんが大きくてなかなか出てこず、
さらに体力も限界ということで、吸引分娩することに。
もうひとりお医者さんが来て、なんか書類みたいなのに震える手でサインしました。
(今だったら借金の保証人とかのサインもわけわかんなくてやっちゃうな)と朦朧とした意識の中で思っていました。

そんなこんなで、手には力が入らず、足はガクガクでしたが、
助産師さんに『1回1回のいきみを大事にして!!』と叱咤激励されて、
『いっちょやったるわ〜』という気持ちに。

火事場の馬鹿力(?)と吸引の力でズルりと赤ちゃんが出てきました。
朝の8時ごろです。

誰も立ち合いはいなかったので、助産師さんがぽむ母の携帯で赤ちゃんをパシャパシャ撮ってくれていました。
あとで見たら、生まれたての赤ちゃんの写真がたくさん保存されていました。本当に感謝です。

出産したら絶対に涙が止まらないんだろうなぁと思っていましたが、
意識が朦朧としてまったく1ミリも涙は出ず・・・。

その後、胎盤を見せてもらい、会陰縫合していただきました。
けっこうザックリいってたみたいで、縫合に時間がかかり、大腿二頭筋か大腿四頭筋がつってしまいました。

縫合の痛みよりも足がつった痛みで『イテテテ、イテテテ』と叫んでいて、
先生に申し訳なかったです。

赤ちゃんは予想どおりとても大きく、並んで寝ている小さなかわいい赤ちゃんたちの中で、ひとり貫禄がありました・・・(4キロぐらい)

最後に・・・

陣痛誘発剤を使用する計画分娩を予定していても、
ぽむ母のように、前日にバルーンを入れることが刺激になって、
そのまま陣痛がくる人がけっこういるみたいです。

ぽむ母の場合は、産院が家から遠く車もねぇ!状態だったので、
産院で陣痛がはじまって良かったと思っています。

産後1年近くが経過して、出産や入院期間のことを懐かしく思い出すことが増えました。
おそらくぽむ母が出産することはもうないですが、あと10歳若ければ、もう1度出産を体験したいなあと思っています。

最後まで読んでくださってありがとうございました。